最後が意味深すぎる!映画「チワワは見ていた」のラストシーンを勝手に解説してみた ※ネタバレ注意※




映画「チワワは見ていた」のラストシーンは意味深すぎた

 

先日、Amazonプライム・ビデオで「チワワは見ていた」という洋画の映画(原題はStarlet)を見ました。

僕は実家でチワワを飼っていることもあってその題名に惹かれて鑑賞してみた映画だったんです。

たまたまぼーっとしてなんとなく鑑賞した映画だったのですが、

これがものすごく良い。

あらすじを簡単にいうと、ある日若い女性がガレージセールで魔法瓶を買ったら大金が入っていて、その瓶を売ってくれた老婆に若い女性が恩返しをしていくというような話になっています。

詳しいあらすじとかはこちらの動画を見てくださいね。

 

何と言ってもこの映画は、

ラストのシーンが意味深すぎる。

普通に見ていたら最後の意味が分からず唖然としてしまうことがあると思います。

僕自身、意味深な最後のシーンの終わり方に疑問を抱き、何回かラストシーンをリピート再生し、その意味を探ろうと試みました。

この映画を見た晩は意味が分からずにモヤモヤしたまま就寝したのですが、翌日の朝、起きた瞬間、ベッドの中で色々なこの映画で見たシーンの点がつながって線になって、ようやく意味が分かり始めたのです。

今日はその映画「チワワは見ていた」の最後のシーンの解説を僕の推測をふんだんに交えながらも書いておこうと思います。

僕と同じようにラストシーンでちょっと混乱してしまっている方は参考にしてみてください。

 

ここから先はネタバレなのでまだ見ていない方は注意してくださいね

 

 

映画「チワワは見ていた」のラストシーンで提示された2つの事実

まずはラストシーンで提示された事実を整理してみましょう。

映画「チワワは見ていた」のラストシーンで提示された事実は次の2つです。

 

老婆の夫には子供がいた

まず最初に映し出される墓石が出てくるのですが、ここに書かれているのは次の文字。

チワワは見ていた 最後

FRANK PERKINS

Loving Husband and Father

1920-1971

老婆の夫であるスティーブという男性の墓であることがわかりますね。

ここで注目したい情報は、

Father

という部分です。

映画の中では老婆は子供はいないと答えていたはずなのに、彼女の夫は

父親であった

と墓石に書いてあります。

つまり、老婆に子供がいたことになりますね。

ここで一つ目の老婆の嘘が炙り出されてくるのですね。

 

老婆の子供は女の子だった

そして、その夫の墓石の後に映し出されるのが、

子供の墓石になります。

その墓石にはこう書いてありましたね↓

チワワは見ていた 最後

SARAH PERKINS

Beloved Daughter

1951-1969

名前はサラで、墓石の情報から読み取ると、

娘は18歳で亡くなっていてなくなった

ということがわかります。1951年生まれの1969年に他界していますからね。

 

娘の2年後に夫が死んでいる

後は2人の亡くなった年に注目してみると、

夫は娘の2年後に亡くなっていることがわかります。

娘のサラは1969年(当時18歳)、夫のフランクは1971年(当時51歳)で亡くなっていますからね。

娘の後を追うようにして夫は亡くなっていることになります。

 

映画「チワワは見ていた」のラストシーンからの解説というか推測

以上が映画で描かれている事実です。

ここからは解説と言うか僕個人の推測になりますね。

これらの事実を踏まえると、映画の各シーンで疑問に思っていたところが意味を持つようになってきたのです。

 

なぜ老婆はチワワに切れたのか?

映画の中で説明がなかったシーンとして挙げられるのが、

ジェーンの愛犬チワワのスターレットを老婆のセレディに預けるシーンですね。

老婆がちょっと目を離した隙にチワワはどっかにいってしまって、老婆は必死にチワワを探すことになりました。

チワワを実際に発見した様子は描かれていないのですが、どうにか無事に見つかったようです。

ジェーンにチワワを引き渡すことになるのですが、

老婆はジェーンにマジギレ。

「もうこんなことはよしてくれよ!」

とチワワに切れているのか、ジェーンに切れているのか分からないぐらい怒っていましたね。

 

映画を初めて見たときはこの理由がわからなかったのですが、先ほどの事実を踏まえると新たな展開が見えてきました。

それは、

老婆の娘サラが18歳で亡くなってしまっているということです。

もしかしたらこの娘さんは、

18歳でチワワのようにいきなりいなくなってしまったのでは??

ということです。

失踪、もしくは家出により突然いなくなってしまい、後日遺体で発見されたという事件があったのではと推測します。

今回のチワワの失踪によって、かつて娘がいなくなってしまったことを思い出したので、

「もうこんなことはよしてくれよ!」

と切れたんじゃないかと思うようになりました。

 

夫は本当にギャンブラーだったのか?

老婆はお金に困ることなく暮らしているようでした。

その理由として、

夫がギャンブラーで稼いでいたから

と言っていましたね。お金は腐るほどある、と。

1回目見た時は何も思わなかったのですが、先ほどのラストシーンでの事実を踏まえると、ここでも新たなストーリーが浮かび上がってきました。

それは

夫が保険金自殺をしたのではないか?

ということですね。

墓石の情報を読み取ってみますと、旦那のフランクは娘の皿が亡くなってから2年後の1971年に他界していることになります娘に続いてすぐに死んでしまったことになりますね。

おそらくこれは、

娘の死に耐えきれず、自分に保険金をかけて自殺をしてしまったのではないか?

ということです。

そのため、未亡人である老婆には多額の保険金が入ったため、お金に困ることはなく 生活をできていたんじゃないでしょうかね。

このように保険金自殺をした夫をギャンブラーと呼んでいたんじゃないかと推測します。だって、保険も一種のギャンブルである出来事が起こった場合のみお金を払うシステムですからね。

 

なぜ家を掃除していなかったのか?

また、老婆は家の周辺を全く掃除していませんでしたね??

郵便配達員が転んで怪我をしてしまったというハプニングが起きてから、家の掃除を始め、ガレージセールで魔法瓶を売ることにしましたよね。

なぜ老婆は家を掃除をしていなかったのか??

という疑問も、先ほどのラストの事実からストーリーが浮かび上がってきました。

それは、

失踪した娘がいつ帰ってくるかわからないので、帰ってきた時に我が家とわかるようにそのままの姿を残しておこう

としたんじゃないかということです。

最近になってお掃除を始めたのはおそらく、

ようやく娘の失踪を諦めることができて、自ら死を選ぶ、もしくは、前向きに生きていこうという決心ができた表れなんだろう現れだったんじゃないかと思います。

 

なぜパリに憧れていたのか?

老婆の家にはパリの置物がたくさんあり、最初はパリが好きだと言っていたものの、実は一回も行ったことがないことが判明します。

それではなぜパリの置物がいっぱいあったのでしょうか??

それはおそらく、

娘がパリへ失踪してしまったのではないか?

ということもあり得ます。

パリのフランス人と恋に落ちて、駆け落ちしてそのまま失踪。

しかし、その道中に不幸があって亡くなってしまったので、パリに対して特別な思い入れがあったんじゃないかと推測することができます。

また、

なぜパリに行かなかったのか?

というと、娘がいつ帰ってくるか分からないという期待があったからとすれば説明できます。

 

本当はお金を魔法瓶に入れていたことを知っていたのでは?

後はこの疑問を浮かび上がってきますね。

それは、

老婆自身が魔法瓶にお金を入れていたことを知っていた

ということです。

これまで夫の保険金で生きてきた老婆は、家をきれいにしなくてはならなくなった時に、

「そろそろ娘は諦めて自分も死を選ぼう」

と思ったんじゃないでしょうかね。

そのため、夫の保険金の残りのお金は不要になるので誰、か必要している人にガレージセールで渡そうとした可能性があります。

現に、 魔法瓶を売る時に

「返品不可能だよ」

という感じでお金が入ったことに気づいても、買主が戻ってこないように念をおしていました。

またラストのシーンで、ジェーンの同居人が

「ジェーンはお金を盗んで自分のものにして、同情心からあなたと付き合っている」

と言っても、老婆はそんなに動揺しておらず、翌日は予定通りパリに行こうとしまいしたね。

 

もしかしたら、いや、もしかしてたんですけども

老婆は実は魔法瓶にお金を入れていたことを知っていたのかもしれません。

しかもそれは彼女の全財産だって可能性があります。

 

なぜビンゴにはまっていたのか?

映画では老婆とジェーンがビンゴをプレイするシーンが度々出てくるんですが、

なぜ老婆はビンゴが好きだったのか??

それはビンゴ自体が

ひたすら待つ

というゲームのルールだったからかもしれません。

映画で描かれていたアメリカのビンゴは、アルファベットの数字の組み合わせの番号がでどんどん読まれ、そこに持っていたカードのスタンプを押していくというもの。

ビンゴした人が出たらその人が賞金の総取りで、それ以外の人は負けということになります。

そのためのゲームとしてはひたすら待つだけになるのですね。

これは僕と考えすぎかもしれませんが、ビンゴが好きだった理由は、

失踪した娘の帰りをひたすら待つ

ということと似ていたからなのでは?娘を待っているということを暗示しているのでは?

と思うようになりました。

 

まさか本当に遺骨の入れ物だったのかもしれない

ジェーンが魔法瓶を購入する時に、

「これは遺骨を入れる瓶?」

と質問するシーンがありましたが、もしかしたら本当に遺骨を入れる瓶だったのかもしれません。

娘は失踪して亡くなってしまったので、遺体や遺骨がなかったので、骨を入れる骨瓶を代わりとして持っていたのですが、ついに手放すことにした可能性もあります。

 

なぜ途中でスーパーから帰ってしまったのか?

あとはスーパーに入ったシーン。

ジェーンの車が見当たらなかった時に、老婆は自分で家に帰ろうとしてしまいましたね。

実はこれ、おそらく、

ジェーンが娘と同じようにいなくなってしまうかもしれない

ということを老婆自身が思っていて、ジェーンを100%を信じていなかったからだと思います。

その理由としては、やはり数年前に数十年前に失踪してしまった自分の娘と姉を重ねていて、彼女自身もジェーンを娘と同じようにいつか自分の元からいきなりいなくなってしまうのではないかと思っていたのでしょう。

だから簡単に諦めて、自分で徒歩でスーパーからの帰り道を歩くことしたんじゃないでしょうかね。

ただ、この事件をきっかけに老婆はジェーンを信じることになります。

 

ポールダンスの謎

これは主人公であるジェーンと老婆からは外れるのですが、ジェーンと同居している友達と彼氏についての話。

彼氏はいきなりポールダンスの設備を自宅に導入し、ジェーンの友達がポールダンスでお金を稼げるようにした事件がありました。

何気無に描写なのですが、ここも何か引っかかる。

 

これはおそらく、

男が女に勝手に何かを押し付ける

ということを暗示しているような気がします。

じつは、「男が女に何かを押し付ける」ということは老婆の身にも起きていました。

それは夫が保険金自殺をして大量のお金を老婆に残して、自分は先に死んでしまったということです。

このように男が勝手に女の気持ちを察することなく、何かを勝手にしてあげるということはジェーンの友達だけでなく老婆にも起こっていたのですね。

 

 

映画「チワワは見ていた」は深すぎる

という感じで映画「チワワは見ていた」のラストシーン事実から様々なことを推測してみました。

しかし、これはあくまでも僕の推測。

多分、間違っているところもあると言うかも、しかしたら全部間違っているかもしれません笑

鑑賞して一晩寝て、朝起きたら点と点がつながって線になりましたので、もしかしたらこのような可能性もあったんでは、と考えたことを書き残しておきたくなったのです。

まだ他にも、

  • あの調査員たちは一体誰だったのか
  • 動物園閉鎖の謎

と疑問が浮かんできました笑 もうね、これはキリがない。

「チワワは見ていた」は案外深すぎる映画なので、もう一度鑑賞して自分なりの議論を導きだしてみてくださいね。Amazonプライム・ビデオなら無料で見れるのでおすすめです。

 

それでは!

Ken

ABOUTこの記事をかいた人

Ken

Eigarの編集・執筆を担当。年間120本ぐらいのペースで映画をみており、映画館にも足繁く通っている。好物は生姜焼き。 Filmarksアカウントはこちら

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